生活者は、買うものが決まる前の「もやもや」の段階からAIに相談し、対話を重ねながら買い物を決めるようになっている——。前回の記事では、この変化をデータとともに紹介しました。
そして、その対話の中では「共鳴(High Resonance)」と「解像度(High Resolution)」がやり取りを重ねるごとに同時に高まり、生活者を自信ある意思決定へと導いていく。この新しい消費行動を、私たちは「ハイレゾ消費」と名付けました。
では、その「自信」は、どのような過程で生まれているのでしょうか。今回は、約 1,000 件の AI との対話ログを分析した結果から、ハイレゾ消費の中身を解剖します。そして最後に、この変化を捉えるために企業が取り組むべき 3 つのアクションを提言します。
約 1,000 件の「AI との買い物対話」を分析した
生活者の「自信」が生まれる過程を深く理解するために、私たちは、生活者にAIと買い物の対話をしてもらう調査を行い、その対話データを集めました。
協力してもらったのは 500 名以上の生活者です。事前調査で提示した「新しい家を探したい」「家事を効率化したい」など 10 種類のニーズから、実際の気持ちに近いもの 2 つを選んでもらい、普段使っている AI(Gemini、ChatGPT など)と、「そのニーズを商品・サービスで解決するとしたら」という想定で、5 往復以上、自由に対話してもらいました。集まった対話は約 1,000 件。その全発話を、AI も活用しながら分類・分析しています。
対話はあくまで自由で、購入も、その結論を出すことも求めていません。その上で、具体的な商材名が登場し、購入や検討の意思が示された対話を「意思決定に至った」と数えました。
約 1,000 件のうち、意思決定に至ったのは約 350 件。これらの対話を並べて分析することで、購入の意思決定を後押しする対話のヒントが見えてきました。
10 のニーズが 100 超の商材カテゴリへ派生
分析からまず見えてきたのは、対話の入り口が商材カテゴリではない、ということです。
調査で指定した 10 種類のニーズは、対話を通じて、最終的に 100 を超える商材カテゴリへと派生しました。
たとえば「家事を効率化したい」という 1 つのニーズだけでも、ロボット掃除機から浴室掃除用品、ミールキットまで、16 のカテゴリに広がっています。
対話の始まり方も特徴的です。「新生活に向けて何か始めたいけど、漠然としすぎて……」。検索窓にはそのまま打ち込みにくい、こんな一言から始まった対話が、AI とのやり取りを経て「マットレスを買い替えたい」という具体的なニーズに着地していきます。
マーケティングの観点で言えば、これは商材カテゴリが決まる前、つまり従来のキーワード起点のマーケティングでは捉えにくかった段階に、ニーズの芽があるということです。
この「もやもや」の段階で生活者と接点を持てるかどうかが、その後に自社カテゴリや自社ブランドへ導けるかの分かれ目になります。
「共感」が対話を前に進める —— 意思決定は 2.6 倍に
生活者側の発話を「ニーズ提示」「共感・気づき」など 18 種類に、AI 側の発話を「提案・推薦」「共感」など 7 種類に分類し、定量的に分析しました。
その結果、意思決定を左右する要素として浮かび上がってきたのが「共感」です。
AI と生活者の双方から「共感」の発話がある会話は、意思決定に至る割合が 43.9%。どちらにも共感がない会話(16.6%)と比べて、約 2.6 倍です(*1)。
50 代のある女性は、「家事を楽にしたい」という相談の中で、フライパンの焦げつきの悩みを打ち明けます。原因や心当たりを聞く AI に対して、彼女が返したのは「あちゃー、やってる」という一言でした。検索窓やハッシュタグには決して現れてこなかった、素の言葉です。すると AI も「わかります。あの “ ジュワーッ ” という音、汚れがすぐ落ちそうで、ついやってしまいますよね」と返します。この共感が共感を呼ぶキャッチボールの先で、彼女は重曹の購入を決めました。
対話で見えたもう 1 つの現象 ——「解像度」が上がっていく
共感が対話を前に進める一方で、対話の中ではもう 1 つの現象が起きています。「自分が本当に欲しかったもの」の解像度が上がっていくのです。
ログ解析に加え、インタビューを重ねる中で、こうしたメカニズムが見えてきました。
象徴的なのは、40 代のある男性の焼酎選びです。入り口は「おいしい芋焼酎を教えて」という、ふわっとした相談でした。すると AI は「フルーティーな焼酎はお好みですか?」と、彼自身も意識していなかった判断軸を掘り起こします。産地や製法、飲み方、さらには「ソーダ割りでは酸味が強く出る」という注意点まで理解した上で、彼は納得して 1 本を選びました。
検索窓には、まだ言葉になっていない気持ちは入力できません。クエリになる前の気持ちに提案が返ってくることで、生活者は「想定外の選択肢」や「新しい判断軸」に出会い、自分の価値観そのものがアップデートされていくのです。
前回の記事で名付けた「ハイレゾ消費」の内側では、この 2 つの現象 —— 双方の共感による共鳴(High Resonance)と、ニーズの解像度の上昇(High Resolution)—— が絡み合いながら進んでいました。
ハイレゾ消費は、AI チャットの中だけで起こる現象ではない
ここまで読むと、ハイレゾ消費は「AI チャットの中で完結する現象」に見えるかもしれません。しかし、そうではありません。
ハイレゾ消費とは、AI チャットの対話データが分析可能になったことで「可視化された」生活者の心理です。私たちが 2025 年の調査で「情報ドリフティング」と呼んだように、生活者は情報の流れに身を任せながら自分に意味のある情報を選び取っており、検索や動画など他の媒体との行き来の中でも、この心理を働かせています。
とりわけ目立つのが、検索との行き来です。ある生活者のコート選びを見てみましょう。
その人は「軽くて暖かいコート」を探して 2 つのブランドで迷っていましたが、どこかしっくりきていませんでした。そこで AI に「軽くて暖かくて、4 万円台くらいのものはないか」と条件を伝えると、返ってきたのは知りもしなかった第 3 のブランド。「AI に聞いたからこそ、自分の知らないブランドが出てきた。そこに喜びを感じる」。そしてまた検索に戻ります。どこの国のブランドで、価格帯はどのくらいで、本当に実在するのか。自分の目で確かめ、輪郭を固めてから、購入に至りました。
AI で視野を広げ(共鳴・発見)、検索で確かめて固める(解像度)。この行き来には、一定の型もあります。答えが決まっていれば検索、一緒に探したいときは AI。その後も、提案を具体化したいときは検索へ、集めた情報を整理したいときは AI へ。情報探索は、往復しながら進んでいくのです。
条件は「本音をさらけ出せる場」であること
ハイレゾ消費は、プラットフォームを問わず起こり得る、というのが調査から見えた答えです。ただし、条件があります。
ここまで見てきたとおり、共感も解像度も、生活者が「もやもや」を取り繕わずにさらけ出すところから始まっていました。起点は「本音の開示」です。そして本音を出すには、安心できる場が必要です。
訪問インタビューでは、こんな声があがっていました。
訪問インタビューから見えるのは「安心が、自己開示を生む」という心理です。
一方で、その手前には「どの場を選ぶか」という選択があります。生活者の「信頼」を主題に別途実施した定量調査(*2)によると、日本の生活者がサービスや情報源を選ぶ際に最も重視するのは「信頼できること」(68.9%)で、無料・低コストであること(66.3%)や利便性(62.1%)を上回りました。さらに、信頼しているサービスほど、商品の購入検討時に利用されやすいという相関も確認されています。この相関は特定の企業のサービスに限らず見られる、一般的な傾向です。
信頼と安心とでは、働く場面が異なります。信頼は「どの場が選ばれるか」を決め、安心は「選ばれた場で、どこまで本音を話せるか」を支える。ハイレゾ消費は、この 2 つがそろった場で起きていると整理できます。
では、その信頼はどう築かれるのか。上位に挙がったのは、セキュリティ、個人情報の保護、そして情報の正確性でした。安心、安全、品質が、信頼形成の前提になっています。
たとえば Google では、企業への信頼が、Google 検索をはじめとする各サービスへの信頼にも伝播していました(*3)。企業として築いてきた信頼が、個々のサービスが「選ばれる場」であることを支えているのです。同じ構造は、生活者との信頼を築いているあらゆるブランド、あらゆるプラットフォームで成り立ちます。
企業は何を「さらけ出す」べきか —— 3 つのアクション
最後に、ここまでの論点を整理します。生活者は「もやもや」を取り繕わずにさらけ出し、AI との対話の中で、本当に欲しかったものへの解像度と、文脈や熱量が同調していく共鳴とを同時に高めながら、自信を持った意思決定にたどり着く。これが「ハイレゾ消費」です。
そしてもう 1 つ、見逃せないデータがあります。AI が選択肢の候補を広げても、最終的な購入判断では「よく知っているブランド」が選ばれる傾向が、あらゆる商材カテゴリで確認されているのです。生活者が本音をさらけ出す相手に「信頼」が必要だったように、最後に選ばれるのもまた、信頼されているブランドです。
ならば、企業の側は何を開示すべきなのでしょうか。3 つのアクションを提言します。
1:ブランド情報の AI への徹底的な開示
生活者それぞれの複雑なコンテキストに AI が適応できるかどうかは、AI がアクセスできる材料の質と量にかかっています。世界観を統制する発想から、良質な材料を開示する発想へ。スペックだけでなく、他にはない強み、開発の背景、使い手の口コミに至るまで、企業側から質の高い情報を開示することが重要です。
2:AI と併用される「検索」を、意思決定の場として整え続ける
2 本の記事で見てきたとおり、AI が普及しても、生活者は検索との行き来をやめていません。むしろ、AI の提案を確かめ、輪郭を固め、最終的な意思決定を下す場として、検索が役割を果たしています。この最後の確認の瞬間に応えるには、自社の情報が正確に見つかり、比較や最終確認にきちんと応えられる状態を保ち続けることが欠かせません。AI が普及した今でも、この準備は変わらず重要なままです。
3:「もやもや」を捉える、広告における AI 活用
商材カテゴリが決まる前の漠然とした気持ちは、人力のキーワード設計だけで捉えるには複雑です。広告運用においても AI を最大限活用することで、この早い段階のニーズに先回りして応えることができます。
良質な「材料」が豊富にあれば、AI は 1 人ひとりの本音に合わせた最適なストーリーを紡ぎ出せます。それが生活者との間に深い共鳴と高い解像度を生み、結果として、ブランドの価値を増幅させていく。自社の「材料」を、人にも AI にも理解しやすいかたちで発信し続けること。それこそが、AI 時代のマーケターの腕の見せ所です。
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