エディオンはなぜ「聖域」だった DM を見直せたのか —— 因果推論と MMM が示した効果の地域差
広告・販促予算をどこまでデジタルへ移すべきか。多くの企業がこの問いに向き合っています。生活者のメディア接触がデジタルへ移っているのは確かですが、それでも「デジタルだけでよい」とは簡単に言い切れないのが、予算を判断する現場の実感でしょう。
「単純に全国一律で紙媒体を減らし、デジタルを増やせば本当によいのかという強い問題意識がありました」
全国に約 1,200 店舗を展開する家電量販店の株式会社エディオンで、マーケティングを統括する長谷川剛氏(上席執行役員)は、こう話します。
この問題意識の背景には、店舗ビジネスの現実があります。同じ施策でも、地域によって顧客の反応はまるで違う。「デジタルに移すべきか否か」という大きな方向を判断するだけなら、全国をひとまとめにした従来の効果測定でも足りるかもしれません。しかし、予算を決める現場が向き合っているのは、「どの地域で、どのメディアに、いくら配分すべきなのか」という問いです。全国平均は、この問いへの答えを持っていません。
この課題をエディオンがどう越えたのか。博報堂、Google と共に取り組んだ事例を紹介します。
平均値では答えられない、店舗ビジネスの意思決定
エディオンの強みは地域密着の営業にあり、主力販促は長らく折込チラシやダイレクトメール(DM)といった紙媒体でした。しかし新聞の購読率は下がり続け、紙で届けられる生活者の範囲は狭まりつつあります。デジタルへの移行は、避けて通れない経営課題になっていました。
では、どこから、どれだけ移すのか。ここで壁になるのが、全国に店舗網を持つ業態ならではの事情です。新聞の購読率も顧客の反応も、地域によって大きく異なります。全国規模で 1 つの答えを出しても、現場の実感とは合いません。さらに家電量販店は、天候や自治体の補助金といった外部要因にも売上が大きく左右されます。複数の施策と外部要因が絡み合っているため、個々の施策が各地域でどれだけ来店や売上に貢献しているのかまでは、見えないままでした。
前年の予算配分を踏襲するのでもなく、担当者レベルの勘に頼るのでもない。意思決定の材料となる根拠を求めていました。
「効いたのか」を見極め、「どう配るか」を解く
このエディオンの課題は、次の 2 つの問いに分解できます。
- ある施策は、そのエリアで本当に効いたのか
- どの地域で、どの媒体に、どれくらいの予算を配分すればいいのか
1 つ目の問いに答えるのが難しいのは、前述した外部要因や複数の施策の影響を考慮しなければいけないからです。
たとえば DM を送った地域で来店数が増えていたら、DM が効いた——そう言いたくなります。しかし、気温が高い週は空調需要で来店が増えるといったこともありえます。その週にたまたまチラシを多く配っていれば、チラシは実際の効果以上に評価され、逆に天候に恵まれない時期に投資したメディアは過小評価されてしまいます。施策と結果の相関関係だけでは、本当に効果があったのかは分からないのです。
この「見かけの効果」と「本当の効果」を切り分けるのが因果推論です。今回は Double/Debiased Machine Learning(DML)という手法で、施策以外の外部要因を差し引いた貢献を推定しました。それも全国平均ではなく、地域ごとにです。なお Google では、DML を使った分析ツールをオープンソースとして公開しています。
施策の真の貢献度が確認できたら、次に考えるべきは 2 つ目の問いです。これに答えるのが「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)」です。MMM はメディア投資と成果の関係を統計的にモデル化し、どこにいくら配分すれば成果が最大になるかを導く手法で、今回は Google が開発したオープンソースの MMM「Meridian(メリディアン)」を用いました。
この事例では、MMM の分析に因果推論を組み合わせ、精度をさらに高めました。手順は 2 段階です。まず因果推論で、各施策の効果を地域ごとに推定します。次に、その推定値を前提として Meridian に組み込み、予算の配分を変えたときに来店数がどう変わるかをシミュレーションします。「効いたのか」の見極めを因果推論が行い、「どう配分するか」の設計を MMM が担いました。
地域ごとの分析には、地域ごとのデータが必要です。YouTube や Google 広告の出稿実績、検索量については、Google MMM Data Platform が提供するエリア別データを用いました。
聖域だった DM に、大きな地域差があった
こうして全国 1 年分のデータを分析すると、長年の主力販促施策である DM の投資対効果に、エリア間で大きなばらつきがあることがわかりました。すでに多くの顧客と接点を持ち、DM を送れる相手が一巡しているエリアほど、追加投資の効率は落ちていたのです。
「社内において DM は『効果があり、やるべきもの』という常識として根付いており、見直し対象に挙がることはほとんどなかった領域でした」と、エディオンの長谷川氏は振り返ります。
ただし、分析から見えたのは「紙をやめてデジタルへ」という単純な話ではありません。メディアへの反応が似た地域をまとめると、全国は複数のグループに分かれました。YouTube を含むデジタル広告に伸びしろがある地域が多かった一方で、折込チラシや DM といった紙媒体を増やすほうが送客効果が期待できる地域もあったのです。全国平均だけを頼りに一律に紙媒体を減らしていれば、こうした地域では来店を取りこぼしていたかもしれません。
この地域差を踏まえ、来店者数を最大化する予算配分をシミュレーションしました。結果は、年間予算を 2025 年の実績と同額にしたまま、配分の見直しだけで来店者数が 7% 増えるという試算になりました。伸びしろの残るメディアへ予算を移すことで成果を変えられることが、数字で示されたのです
データが動かした「聖域なき見直し」——予算は YouTube を含むデジタル広告へ
長谷川氏は、当時の判断をこう語ります。
エディオンは、エリア別の検証結果に基づいて紙の DM の実施規模を適正化し、捻出した予算を YouTube を含むデジタル広告へ再配分しました。
この見直しは、一度きりの決定ではありません。メディアの効果は、市場環境とともに変わり続けるからです。実際、2026 年の夏は、序盤の冷夏で空調需要も客足も鈍り、後半は一転して猛暑とエアコン購入補助金が重なりました。
エディオンと博報堂は現在、この環境変化が DM をはじめとする各メディアの効果をどう変えたのかを定量分析しています。その結果次第では、DM への投資を再び増やすこともありえます。分析、意思決定、事後検証。この繰り返しが、データに基づく運用の本来の姿です。
コスト削減ではなく、成長への再投資
データに基づく運用が定着すると、その先の展望も変わります。エディオンが見据えるのは、コスト効率の改善にとどまらない、成長への再投資です。
「短期的な効率だけを追うのではなく、この最適化で生まれたリソースを活用して、中長期的なお客さまとの関係性を深めていく。それこそが、エディオンが目指す真のマーケティング変革だと考えています」(長谷川氏)
最適化することで生まれた投資余力を、既存顧客との関係強化や新しい顧客との接点づくりなど、さらなる成長へ再投資しています。
今回の事例では来店までを検証しましたが、同社ではさらに店舗と EC それぞれの購買データを掛け合わせ、売上に対する各施策の効果を可視化し最適化を図るなど、分析範囲を広げているところです。
エディオンの事例からは、次の 3 点が学べます。
- 「平均」ではなく「地域ごとの効果」を見る:反応が地域で異なるビジネスでは、全国平均だけを頼りにすると判断を誤ることもあります。推定の粒度が、判断の解像度を決めます。
- 「二者択一」ではなく「適材適所」へ: 「紙かデジタルか」ではなく、地域ごとにデータが示す最適な組み合わせへ。伸びる場所へ投資を移すことが、成果を最大化します。
- 分析 → 意思決定 → 事後検証を繰り返す:一度の分析で終わらせず、環境変化を踏まえて検証と調整を続ける。エディオンがいま実践しているこの継続こそが、データドリブンな組織をつくります。
「全国一律で紙を減らし、デジタルを増やせばよいのか」——。冒頭の問いへの答えは、イエスでもノーでもなく「地域ごと」でした。そしてその答えも、市場とともに更新され続けます。
全国平均に基づく予算配分を続けている企業にとって、地域別の効果検証は、投資対効果を高める現実的な選択肢です。今回紹介した手法はいずれもオープンソースとして公開されています。自社のデータで検証を始める環境は、すでに整っています。
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