スマートフォンや AI の進化は、生活者の情報探索と購買行動に不可逆的な変化をもたらしました。Google のコンシューマー マーケット インサイト チームは長年にわたり、この複雑化する生活者の心理と行動メカニズムを解き明かすため、大規模な調査を継続してきました。
本記事では、2019 年公開の「パルス消費」から 2025 年公開の「情報ドリフティング」まで、Google がこれまでに実施した調査から見えてきた生活者インサイトを、時系列で振り返ります。
パルス消費(2019 年公開)
スマートフォンが生活に根付き、人々の情報探索と購買のあり方は大きく変わりました。
2019 年に実施した調査(*1)で見えてきたのは、生活者があらゆる情報に触れる中で瞬間的に買いたいと感じ、そのまま購入まで済ませているという実態です。私たちはこの行動を「パルス消費」と名付けました。
左:従来のジャーニー型の消費行動、右:パルス型の消費行動。瞬間的に、興味喚起から購買までが立ち現れる
情報探索と購買が境目なく結びついたこのパルス消費型の行動において、生活者は検索と検討を行ったり来たりするような複雑な動きをとります。そのため、従来のような直線的なプロセスを前提として「徐々に購買意欲を高めていく」アプローチでは、生活者の行動を十分に捉えることは難しくなりました。
Google では、このパルス消費を引き起こすトリガーとして、6 つの「直感センサー」を定義しました。
- セーフティ:「より安心・安全なもの」に反応する
- フォーミー:「より自分にぴったりだと思うもの」に反応する
- コストセーブ:「お得なもの」に反応する
- フォロー:「売れているもの」や「第三者が推奨するもの」に反応する
- アドベンチャー:「知らなかったもの」や「興味をそそるもの」に反応する
- パワーセーブ:「買い物の労力を減らせること」に反応する
どのセンサーが反応するかは、商材やそのときの状況によって複雑に変化します。
単一の接触機会に依存するのではなく、生活者の日々の情報探索の中でどの直感センサーが反応するか仮説を立て、適切なタイミングで情報を届けること。これがマーケティングの鍵だと結論づけました。
パルス消費のメカニズムは、生活者の複雑な回遊行動を捉えるための視点を示すものでした。あらかじめ用意した一直線のプロセスへ人々を誘導するのではなく、日常のあらゆる瞬間に潜む購買のトリガーを深く理解し、生活者に寄り添っていく。これこそが、情報があふれる環境で顧客行動全体を捉え直し、マーケティング戦略を組み立てるうえでの出発点になります。
パルス消費について詳しくは、全 4 回の連載をご覧ください。
買いたくなるを引き出すために:パルス消費を捉えるヒント(1)
バタフライ・サーキット(2020 年公開)
2020 年には、パルス消費の背景にある複雑な情報探索のメカニズムを捉える概念として、「バタフライ・サーキット」を発表しました。
調査(*2)から見えてきたのは、生活者の情報探索が特定のゴールへ一直線に進むものではないという事実です。
調査を基に、人々の情報探索行動を「さぐる」と「かためる」という 2 つの動きに分類しました。「さぐる」で選択肢を広げ、新たな発見を求めながら、やがて選択肢を絞り込み、納得感を得て「かためる」。生活者はこの 2 つのモードを行き来しており、その軌跡が蝶の羽ばたきに似ていることから「バタフライ・サーキット」と名付けました。
回遊行動の裏にある 8 つの動機。「さぐる」の 4 つと、「かためる」の 4 つを行き来しながら、情報を探索する
生活者はバタフライ・サーキットの中を絶えず飛び回りながら情報を浴び続け、その過程で直感センサーが刺激され、瞬間的な購買、すなわちパルス消費へと至ります。
最終的な購買へ誘導しようとするのではなく、生活者が今「さぐる」モードなのか「かためる」モードなのかを仮説立て、それぞれの動機に寄り添った情報を届ける。この見極めこそがマーケティングにおいて重要になると結論づけました。
バタフライ・サーキットは、パルス消費という瞬間的な結果を生み出す、果てしない探索のプロセスそのものを可視化したものでした。生活者の行動を一直線の枠に当てはめるのではなく、自由に飛び回る回遊行動として理解し、あらゆる接点で価値を提供し続ける。この姿勢こそが、複雑化する顧客行動を捉え直すうえでの鍵になります。
バタフライ・サーキットについて詳しくは、全 5 回の連載をご覧ください。
従来の購買行動はもう当てはまらない、情報探索行動を分析してわかったこと:バタフライ・サーキットと 8 つの動機
継続購入の深層心理(2022 年公開)
「何となく買い続けてしまう」——。この行動の裏には、どのような深層心理が働いているのでしょうか。調査(*3)を基に、生活者が特定のブランドや商品を継続して購入する鍵が、初回購入前の情報探索によって育まれる「肯定度」にあることを示しました。
かつては実際に体験するまで価値が分からなかった商品も、時代とともにクチコミや動画などの情報があふれ、購入前にある程度その価値を予測できるようになりました。その結果、人々は購入前に念入りに情報を調べ、「自分にとってこれが正解だ」という強い確信(肯定度)を持って商品を選ぶようになったのです。
生活者は、ときにはあえてネガティブな情報にも触れながら、自分の選択への自信を深めていきます。こうした事前の情報探索によって、納得感や確信を得てから購入した人ほど、購入後の満足度が高く、結果として次回以降の「継続購入」の割合も高まることが明らかになりました。
つまりマーケターに求められるのは、購入後のフォローアップだけではありません。人々が購入前に納得いくまで情報を探し、商品選択への自信を深められるよう、あらゆる接点で適切な情報を届け続けること。プロセス全体を通じて生活者の肯定度を高めていく設計こそが、持続的な関係構築とビジネス成長の鍵となります。
継続購入の深層心理について詳しくは、全 3 回の連載をご覧ください。
なぜ私たちは繰り返し購入するのか?:継続購入の深層心理
“ あなた ” に意味ある情報(2024 年公開)
果てしなく選択肢が広がる現代で、生活者はどのように「最善の選択」を行っているのでしょうか。2024 年に発表した調査では、情報過多な環境における生活者の「矛盾した購買心理」と、それをひもとく AI の新たな役割を提示しました。
調査(*4)によれば、現代の生活者は膨大な選択肢を前に「自分のニーズを満たしてくれる新しい商品に出会いたい」と望む反面、「失敗を避けるためにも慣れ親しんだ選択肢にとどまりたい」という葛藤も抱えています。
この相反する思いを解消し、これが自分にとっての正解だという確信を得るために欠かせないのが「“ あなた ” に意味ある情報」です。多くの情報に触れた人よりも、自分にとって関連性の高い情報に触れた人のほうが、自分の選択に確信を持てた割合が高いことが明らかになりました。
マス向けの情報や宣伝ではなく、自分自身の文脈に合った情報に触れることで初めて、人々は数ある選択肢の中から納得して商品を選び出すことができるのです。
そして、この「“ あなた ” に意味ある情報」を生活者が自ら見つけ出す上で、決定的な役割を果たしているのが AI の進化です。「自分で選びたい」という生活者の根源的な欲求を叶えるべく、AI が膨大な選択肢を整理し、1 人ひとりに適した情報を引き寄せる。AI が強力なアシスタントとして機能するようになりました。
失敗したくないが、より良い選択肢も知りたいという人々の葛藤に寄り添い、AI を活用して 1 人ひとりに意味ある情報を適切なタイミングで届けることが重要になっていったのです。
” あなた " に意味ある情報について詳しくは、全 2 回の連載をご覧ください。
買い物で「失敗したくない」が「より良い商品も探したい」生活者たち:「“ あなた ” に意味ある情報」と AI の関係
情報ドリフティング(2025 年公開)
2025 年の調査(*5)では、AI の普及と情報量の爆発的な増加を踏まえ、生活者の新たな情報探索の姿を「情報ドリフティング」という概念で提示しました。
記事では、買い物につながる人々の情報行動を「サーチング」「ストリーミング」「スクローリング」の 3 つに整理し、調査データを基にその実態を掘り下げました。いずれも以前から存在する行動ですが、その意味するところは大きく変わっています。
サーチングは、キーワードだけでなく画像・動画・対話を通じて意図をくみ取るものへ、ストリーミングは娯楽から関心を深掘りし疑似体験を得る手段へ、スクローリングは画面を送る操作から、次々と流れてくる情報の中で新たな発見に出会う行為へと変化しました。
しかも、これらは特定のプラットフォームに縛られていません。つまり生活者は、この 3 つの行動を縦横無尽に行き来しながら、パーソナライズされて流れてくる情報の波に身を任せています。一見すると受動的に漂っているようですが、実際には自分の嗜好に最適化された情報の中から、ぴったりの選択肢を絶えず探し求めているのです。情報の波に「流される」受動性と、無数の選択肢から自ら「選び取る」能動性を、同時に併せ持っているこの状態を、「情報ドリフティング」と表現しています。
目的なく漂っているように見えても、自身の文脈に合致する情報に出会った瞬間、生活者は「これが自分にとっての最善だ」と確信し、主体的に決断を下します。
企業にとって重要なのは、情報の波を漂う生活者に対し、AI を通じて自身も気づいていなかった潜在的な需要を引き出し、選ぶための確信を適切なタイミングで届けることです。
生活者の果てしない回遊行動に寄り添い、人々が流され、選び、たどり着くまでのプロセスそのものを支援する。それこそが、AI 時代の複雑な購買心理を捉え直し、生活者に選ばれ続けるブランドになるための、新しいマーケティングのあり方です。
情報ドリフティングについて詳しくは、以下の記事をご覧ください。
流され、選び、たどり着く —— 受動的で能動的な今を「情報ドリフティング」で捉え直す
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