全国で 350 店舗以上のディスカウントスーパーを展開している株式会社トライアルホールディングスは、「テクノロジーと、人の経験知で、世界のリアルコマースを変える」というビジョンを掲げています。
そんな当社が現在、特に注力しているのが「情物一致」の徹底です。
自己申告に頼らない「情物一致」への挑戦
顧客が求める商品を確実に提供するための重要な基盤である棚割管理ですが、従来、その進捗確認は「従業員が作業完了ボタンを押したかどうか」という、人力での自己申告に頼らざるを得ませんでした。しかし、そこには計画自体の不備と、自己申告ゆえに見えていなかった現場の実態という 2 つの要素が混在し、正確な予実把握を阻む不透明な領域となっていました。
この課題を解決すべく、私たちは Google Cloud のパートナーである Oriient(オリエント)の屋内位置情報ソリューション「Oriient IndoorGPS」を活用した実証実験に着手しました。
Oriient IndoorGPS は、スマートフォンの磁場センサーなどを用いて位置情報を計測する仕組みです。ビーコンなどの専用機器を店内に設置するための大規模な工事を必要とせず、従来から作業指示の確認や実績入力に使用している従業員用端末に SDK を統合するだけで導入できます。
今回の検証には、Oriient による技術サポート、Google によるマッピング(店内地図作成)のガイダンスや位置精度の検証、そして当社でのアプリ実装、現場への展開を含め、3 社が密に連携する体制で臨みました。
目指すのは、位置情報を単なるログにとどめず、下図に示すような商売の本質を支えるデータとして活用することです。現場の位置情報を売場計画と突き合わせることで、計画通りに売場が展開されているかを客観的に評価し、顧客視点での迅速な修正やリカバリーへとつなげる。このデータドリブンな改善サイクルの確立こそが、実証実験の真の狙いです。
誤差 1m 以下の精度で、従業員の位置情報を把握
実証実験は、店舗および従業員の協力と同意を得た上で、国内 3 店舗を対象に、2025 年 7 月 1 日から 2025 年 8 月 8 日までの約 1 カ月間実施しました。
結果、Oriient IndoorGPS を搭載したすべての端末で継続的なログ収集に成功し、計測位置の誤差も 1m 以下であることが確認できました。この高い計測精度こそが、従業員が「どの通路にいるか」だけでなく「どの棚の前に立っているか」までを正確に把握し、情物一致を検証するための鍵となります。
実際の計測によって可視化された店内の従業員動線
当社では、この高精度な位置情報を、作業標準化に基づく人員計画「LSP(Labor Scheduling Program)」と照らし合わせ、計画に対する現場の実態を可視化しました。その結果、これまで見えてこなかった多くの事実が判明しました。
データから見えた棚替作業における「20% の乖離」
サプライヤーとの契約上、期日通りの棚替えは極めて重要です。しかし、実際の位置情報のログを分析したところ、計画時間に対して実績時間が 20% 少なく、予実に誤差があることがわかりました。
日別・LSP作業指示別の計画と実績の乖離状況
背景には、業務標準時間(一定の作業を遂行するために設定した基準時間)と実績時間の乖離や、作業中のログイン漏れなど、従来の自己申告制では見えなかった運用上の課題が潜んでいます。位置情報によるリアルタイムな進捗把握は、こうした実行漏れを早期に検知し、情物一致を確実にするための強力な武器となります。
在庫補充は 60% が計画オーバー
店舗運営費の約 4 割を占める主要業務「在庫補充」についても、詳細な分析を行いました。対象期間内の夜間に検証したところ、作業の 60% が計画時間をオーバーしており、基準内に収まっていたのは 30% に過ぎませんでした。
データからはさらに、現場の標準ルールと実情に合わせた柔軟な運用実態の差分も明らかになりました。
- 作業指示の確認や実績入力に不可欠な従業員用端末を持ち歩いていない従業員の存在
- 1 台の端末を複数の従業員で共有している例
- 従業員の習熟度によって作業効率に大きな差が出ている実態
これまで 3 カ月ごとの自己申告によるアンケートでは、無意識に数値を正解に寄せてしまう正常性バイアスがかかっていましたが、客観的な位置情報が初めて真の実績を明らかにしたのです。
勘に頼らない人員配置からリテールメディアまで、データが支えるこれからの店舗運営
位置情報の活用で得られる習熟度別の作業効率データは、より実効性の高い人員配置計画(アサインメント)の策定に直結します。
また、この取り組みは将来のリテールメディアの効果計測にも不可欠です。2025 年 12 月に IAB は、インストア広告の効果計測の基準(例:Verified Impression、検証済みインプレッション)を示しました(*1)。このガイドラインでは、店内サイネージ広告のインプレッションを計測するため、店内サイネージから一定の距離の視認できる場所に顧客がいることを検知できることが推奨されています。Oriient で蓄積する精緻な位置情報は、店内のリテールメディアが計測基準に沿った効果を生み出しているかを測り、それを実店舗のデジタル施策として統合していくための、いわばインフラなのです。
テクノロジーで情物一致を実現する。それは、店舗運営を感覚からデータへと変革させることを意味します。今回の知見を基に、複数店舗への展開、そして将来的には顧客向けアプリへの実装による店内ナビゲーションなど、さらなる顧客体験の向上へとつなげていく考えです。
Contributor:中原 啓智(シニアマーケティングリサーチマネージャー)/鈴木直功(シニアアカウントエグゼクティブ)
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