顧客行動が多様化し、EC サイトと実店舗を行き来する現代。オンライン上の接点をいかにしてリアルな店舗体験に結びつけるかは、多くの小売企業が直面する課題です。顧客はもはや特定のチャネルにとどまることなく、あらゆる接点を回遊しています。
無印良品を展開する私たち株式会社良品計画もまた、この課題に向き合ってきました。「人と自然とモノの望ましい関係と心豊かな人間社会」を考えた商品やサービスを通じて、「感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献する。この企業理念を、EC と実店舗の双方で具現化するために、データに基づいた新たな取り組みに着手しました。
シームレスな顧客体験を阻むデータの分断
オンラインかオフラインかを意識させないような顧客体験を提供するためには、両者の融合、すなわち OMO(Online Merges with Offline)が不可欠です。
しかしながら、おそらく多くのオムニチャネルを展開する小売企業と同じように当社では EC と実店舗のデータは別々の部署で分析されている現状がありました。そのため、チャネルを横断したシームレスな顧客体験を提供できているかどうか仮説を検証するためには、その都度チャネルごとのデータを抽出、統合して分析しなければなりません。その作業の複雑さを考えると、定常的な分析を実施することは現実的ではありませんでした。
「テレビで取り上げられた反響は?」—— アナリストでなくても分析が可能に
こうしたデータの分断を解消するため、Google と協業して「MUJI Promotion Insights Hub」の開発に取り組みました。目指したのは、データアナリストを経由することなく、社内の誰もがアクセスして自らインサイトを得られる独自の分析基盤です。
開発にあたっては、Causal ML(因果関係を推定する機械学習)を活用し、EC へのアクセスが実店舗の売上にどの程度寄与したかを、Google アナリティクス、気温や降水量、人口統計データ、店舗のレイアウトデータといったコンテキストを踏まえて推定。現場で活用できるレベルでデータを可視化しました。
さらに、この推定モデルに Google Search Console、アイテム別・地域別のアクセス数など関連するデータを接続し、Gemini Enterprise を活用した自動分析の仕組みを構築しました。
たとえば現場の社員が「テレビや SNS で〇〇という商品が取り上げられた際の反響はどうだった?」といった自然な言葉で質問をすると、Gemini Enterprise がその意図をくみ取り、自動で分析結果を返します。さらに分析結果から得られたインサイトを 1 枚のスライドにまとめて出力することも可能です。
これにより、社員の誰もが EC と実店舗の連係による相乗効果を直接分析して共有できるようになりました。実際に利用した社員たちからは「テレビや SNS の反響を調査し、推奨アクションを瞬時に組み立てられるようになった」「チャットを通じてすぐ回答が得られるため、もっとデータを活用しようと思えるようになった」といった声が上がっています。部門間の対話を促す基盤も整ったと言えるでしょう。
もちろん開発にあたっては、プライバシーへの配慮も徹底しています。今回の基盤構築において個人の行動は追跡していません。当社が目指した顧客体験の検証は、集計データを用いた高度な因果推論によって十分に可能でした。
MUJI Promotion Insights Hub のダッシュボードのイメージ(データはダミー)
データが明らかにした EC サイトの実店舗への貢献
社員たちが直接データ基盤にアクセスして分析できるようになったこと以外にも、いくつかの観点で大きな成果が見えました。
1 つは、戦略上の EC サイトの重要性を定量的に確認できたことです。
当社では、EC を「カタログ」と位置づけています。単に商品を売る場所ではなく、サイトを訪れた顧客に商品の背景や当社の理念について理解を深めてもらえる「感じよいオンライン」体験の提供を目指して開発してきました。今回の MUJI Promotion Insights Hub での分析によると、過去にシステム障害で発生した 2 カ月にわたる EC の出荷停止期間中でも、サイトへのアクセスが実店舗での売上の約 8% に貢献し、EC 閲覧がなければ発生していなかったであろう純増売上をもたらしていたことが明らかになりました。
また、EC での閲覧が多い時期やアイテムカテゴリは、実店舗での購買単価も相対的に高いことがわかりました。つまり、EC を通じた商品理解は、実店舗での購買単価の向上に寄与しているということです。このことから、EC の閲覧を促すための施策が重要であることも裏付けられました。そのため、KPI の変更も検討しています。従来の EC での直接購入のみの評価から、商品ページへの到達率など店舗への送客を重視する方向性へとシフトしていく予定です。
さらに、今回の取り組みを通じて、地方における EC の貢献も可視化されました。一般的に、店舗数の多い東京のような都市部では、OMO が進みやすいと言えます。しかし、実は地方においても EC へのアクセスがその後の実店舗での売上につながっていたのです。
たとえば、東京ではまだ残暑が厳しい時期に、北海道では一気に気温が下がり始めます。そのため、EC では「家の中で暖かく過ごせる」インナーウェアのアクセスが急増し、同時期の実店舗における売上の 56% に貢献していました。スペックや在庫は EC でも確認できますが、手触りを店頭で確認したいという生活者ニーズが店舗への送客に貢献していたと推定されます。また大阪では、引っ越しのシーズンに合わせて省スペース家具へのアクセスが増加し、同時期の実店舗での売上の 49% につながっていました。
地域ごとのニーズの違いが EC サイトのアクセス増加として可視化され、インサイトを引き出せるようになったことで、各地域の暮らしに密着したキャンペーン設計が可能になったのです。
実店舗の売り場での活用など、OMO をさらに体現
今後は、OMO を会社全体でさらに体現するため、店舗在庫や商品のレビュー結果、SNS などの外部データソース、さらには活躍している店長のノウハウのデータ化など、より多角的なデータを接続し、実店舗の売り場でも活用できる状態を目指しています。
これらのデータを活かして、各地域の特性や顧客のニーズに合わせて、店舗ごとに自律的な運営を進めると同時に、EC サイトでも「感じの良いオンライン」を実現していきます。
Contributor:中原啓智(シニアマーケティングリサーチマネージャー)/門別 優多(カスタマーエンジニア Google Cloud) /西森 万晃(シニアアカウントエグゼクティブ)
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