リテールメディア市場は、いま大きな転換点を迎えています。
Think with Google でも紹介したとおり、ボストン コンサルティング グループの調査では、店舗事業者のリテールメディア市場は 2035 年までに 1 兆円以上に成長するという、巨大なポテンシャルが明らかになりました。このポテンシャルの源泉は、従来の広告費(1.6 兆円)だけでなく、これまで実態がつかみづらかった販促費(2.2兆円)という巨大な予算がデジタルシフトすることにあります。
実際、この 1 年だけを見ても市場は前進しています。EC 領域におけるリテールメディアはもちろん、店頭には並んでいない商材を扱う「ノンエンデミック広告」など、リテールメディアの領域の多様化が各社で進み、広告主から見た選択肢も増えてきました。
こうした市場の広がりに合わせ、メーカー側ではブランドのコミュニケーションを俯瞰した立場で立案する「広告宣伝部」「マーケティング部」「コミュニケーションデザイン部」がこの領域を管掌する動きも出始めています。さらに、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルでは 2025 年に「リテールメディア」がサブカテゴリに新設されるなど、業界全体としての注目度も高まっています。
しかし、市場のポテンシャルとは裏腹に、リテールメディアという言葉が、単に「新しい広告配信面でのマネタイズ」と矮小化して捉えられがちだという課題が依然として残っているのも事実でしょう。
生活者不在のまま広告枠だけを増やしても、それは人々が本当に得たい情報ではありません。リテールメディアをメディア事業として成立させる、つまり人が自ら集まる場所にするためには、生活者にとって「面白い、役立つ、新しい発見がある」といった便益を提供することが不可欠なのです。
生活者起点で再定義する 4 つの領域「リテール 4」
では、その生活者は今、どのように買い物をしているのでしょうか。Google ではその特徴的な行動を「情報ドリフティング」として、紹介しています。
これは、圧倒的なスピードで押し寄せる情報の波にあえて身を任せつつ(ドリフトしつつ)、自分にぴったりな情報が必要な時だけ、それを主体的にコントロールして手繰り寄せる行動様式です。
たとえば、EC サイトを見ながら気になった商品の詳細を AI に質問して絞り込んだり、実店舗にいながら目の前の商品のオンラインレビューや他店価格をその場でチェックしたりします。彼らにとって、オンラインとオフラインの境界線はもはや存在しません。
情報ドリフティングする生活者にとって、買う場所が店舗か EC かはもはや大きな問題ではありません。彼らはオンライン・オフラインの境界を何度も行き来しながら買い物をしています。
だからこそ、生活者を中心に据えた統合的な購買体験としてリテールメディアを考える必要があります。そのために私たちが再定義した見取り図が「リテール 4(フォー)」です。これは、リテールメディアを次の 4 つの要素で捉え直そうという Google からの提案です。
まず不可欠なのが、購買体験の土台となる「設計」です。「設計」には、「体験設計」と「送客設計」という 2 つの要素が含まれます。
1:体験設計
EC でも実店舗でも、「買いやすい・探しやすい・楽しい」ストアを作ること。すべてはここから始まります。欲しい商品の棚位置を正確に教えてくれるアプリや、買い忘れをリマインドしてくれるスマートカートの導入、さらには魅力的な品揃えや棚割りといった店舗の基礎部分までもが含まれます。
2:送客設計
生活者に「行ってみたい」という気づきを与え、ストアへ連れてくるための動線作りです。これまでのような小売企業による折込チラシや店頭近くでの活動だけでなく、小売企業のクリエイターとの連携による情報発信なども含めた、統合的な仕組みづくりが求められます。
これら 2 つは、主に小売企業が追求すべき大切なポイントですが、この強固な土台の上で初めて機能するのが、従来リテールメディアと呼ばれてきた広告販促機能、すなわち「ブースト」です。
3:ストア内ブースト
来店した生活者の商品選択を後押しする取り組みです。店頭サイネージでのレコメンドや、EC サイト内でのオンサイト広告などがこれにあたります。
4:ストア外ブースト
来店前の生活者の「買いたい」気持ちを刺激する取り組みです。メーカーの広告予算によるテレビ CM などが代表的ですが、小売企業が持つファーストパーティ データを活用した外部サイト・プラットフォームへの広告配信など、その形も変わっています。
重要なのは順序です。「設計」という良質な体験があってこそ、「ブースト」は価値を持ちます。
組織の壁を越え、統合プランニングへ
このリテール 4 の実践には、越えるべき壁があります。1 つは組織内の「分断」です。
小売企業内では、体験設計は店長やバイヤーが、送客設計はマーケティング担当が、そしてブースト領域はリテールメディア担当が担うケースが多く、設計とブーストの連携が弱いのが現状です。メーカー側も同様に、マスメディア時代の名残で、ストア外ブーストは広告宣伝担当、体験設計とストア内ブーストは営業担当といった具合に分かれているのが一般的です。
生活者が「いつでもどこでも買う」時代に、企業側が縦割りでは、その購買行動全体を捕捉し、機会を最大化することはできません。
もう 1 つの壁は、小売企業ごとの「土壌」の違いです。規模、立地、顧客基盤、強い商品群は各社各様で、リテール 4 のどこに強みがあるかも異なります。メーカーは個々の土壌を理解した上で戦略を練る必要がありますが、数多くの小売企業すべてを深く理解するのは困難です。
しかし、変化の兆しもあります。小売企業間で連携しメニューをパッケージ化する動きや、異なる小売企業を横断して配信・データ集約を行うプラットフォームやアグリゲーターが成長してきています。
こうした環境が整うことで、メーカーのマーケティングは進化します。これまでの「テレビとデジタル」に加え、今後はリテールのデータもベースとしたプランニングが可能になります。
求められるのは、リテール横断的な領域と個別の領域、そして既存のマスメディアまで含めた、真の統合コミュニケーションデザインです。その実行のためには、組織の形や業務フロー、KPI までも変えていく必要があるでしょう。
これらの課題を乗り越え、小売企業とメーカーが共創した先に、生活者に真に役立つリテールメディアが実現します。これによって、リテールメディア市場のポテンシャルを、自社のビジネス成長につなげることができるはずです。
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