リテールメディアは単なる広告枠の提供を指すものではありません。それは、小売企業が保有する膨大な購買データと顧客接点を活用し、生活者にとって最も関連性の高い情報を提供する「信頼のプラットフォーム」へと進化を遂げるプロセスを意味します。現在、このリテールメディアのさらなる拡大と、マーケティング成果の最大化を支える鍵として、クリエイターエコノミーとの統合が急速に進んでいます。
この背景には、生活者の行動の変化があります。eMarketer と impact.com の 2025 年の調査によると、米国の動画プラットフォームユーザーの 52% は、過去 6 カ月以内にインフルエンサーやクリエイターを通じて興味のある商品を発見したと答えています(*1)。これは、生活者の購買の意思決定において、クリエイターが情報の入り口のみならず、購買の直接のきっかけとして機能していることを示唆しています。
それに伴い、企業側の投資意欲も旺盛です。前回の記事でも触れた通り、米国におけるクリエイターに関連する広告支出は 2025 年に 371 億ドル、2026 年には 439 億ドルに到達すると推計されており、中でもリテールカテゴリの 2025 年の支出は 123 億ドルと、全業種の中で最大の割合を占めています(*2)。また複数国の広告主を対象にした 2025 年 7 月の広告主カテゴリー別の調査では、小売・消費財メーカーにおけるクリエイターコラボレーションをした広告金額が突出しており、前年比でも大きく伸長しています(*3)。
全米小売業協会が主催するイベント「NRF 2026: Retail’s Big Show」でも、クリエイターエコノミーを戦略的に取り込むための議論が積極的に行われました。
H&M Americas のノア・ゴンザレス氏(Head of Brand PR & Talent Relations)は「クリエイターのコンテンツは、ブランドが作った広告素材よりも毎回パフォーマンスが良いんです。もちろんブランド公式素材の居場所や重要性は常にありますけど、クリエイターコンテンツの方が常に良い結果を出しますね」とセッションの中で発言しており、リテールメディアにおけるクリエイターコラボレーションの意義をブランドの目線から強調しています。加えて、Walmart のサラ・ヘンリー氏(Head of Content, Influencer, & Commerce)はこのようにも述べています。「私たちが最も成功しているのは、Walmart を愛していて、それについて話したい、商品のリンクを貼りたいと思ってくれる人たちとのパートナーシップです。私たちがアイデアや商品のヒントを提供しつつ、クリエイターが視聴者に一番響く内容を自然な言葉で語れるようにする、そのバランスが取れたときですね」と。
ここから読み取れるのは、クリエイターエコノミーを統合していくことのインパクトと、それを実行していく上でのクリエイター選定のヒントです。小売企業は今、自社のアイデンティティを保ちながら、いかにクリエイターの持つ「共感力」と「発信力」をリテールメディアへ統合するかという、高度なかじ取りを求められているのです。
リテールデータと「信頼」の統合
AI の進化を受けて情報探索のあり方がますます多様化する現在、生活者の購買プロセスは直線的なマーケティングファネルだけでは捉えられません。生活者は検索や検討の間を自由に行き来し、ときには立ち止まりながら、複雑に回遊する購買体験の中にいます。この非線形なプロセスにおいて、情報に対する「信頼」こそが、迷えるユーザーの背中を押す強力なアンカーとなります。
特に YouTube というプラットフォームにおいては、クリエイターの専門知識や誠実なストーリーテリングが、生活者からの深い信頼を構築しています。ここで発生しているのが ” 信頼買い” という現象です。日本における Google の調査では Z 世代の視聴者の 76% が「YouTube には最も信頼できるクリエイターがいる」「YouTube には最も信頼できるクリエイターコンテンツがある」と回答しています(*4)。
このクリエイターの信頼という資産に、小売企業が保有するファーストパーティ データ(購買データ)を掛け合わせることで、リテールメディアは次なるステージへと進化します。
米国事例に見る「Build」と「Partner」の戦略
先進的な米国企業は、すでにクリエイターエコノミーを自社の事業戦略の核に据えています。そのアプローチは、自社で基盤を構築する「Build」と、外部と連携する「Partner」の 2 つに大別できます。
自社アセットの拡張(Build)
- Walmart:米スーパーマーケットチェーンの Walmart は「Walmart Creator」という独自のプラットフォームを構築しました。特筆すべきは、このクリエイターデータを自社ブランドのスマートテレビや店舗サイネージと連係させ、オンラインから実店舗までを一気通貫で計測している点です。
- Ulta Beauty:米化粧品チェーンの Ulta Beauty は、1,500 人以上の中から選ばれた全米の店舗スタッフを公式クリエイターとして認定する「Ulta Beauties」プログラムを展開しています。同社 CMO のケリー・マホニー氏は、「美容について誰よりも詳しい店舗の従業員に権限を与え、クリエイターになってもらう」ことの意義を強調しています。専門知識に基づく従業員からの発信は、外部のインフルエンサー以上に高い信頼度と説得力を与えます。
外部ネットワークの最適化(Partner)
- Target:米ディスカウントストアチェーン Target のリテールメディア部門である Roundel は、インフルエンサープラットフォーム大手の LTK と提携しました。Target の購買履歴データと、審査制で質の高い LTK のクリエイターを掛け合わせ、精度の高いオフサイト広告(SNS などへの拡張配信)を実現しています。
- Lowe’s:米ホームセンターチェーンの Lowe’s は、世界最多のチャンネル登録者数を誇る YouTube クリエイターの Mr. Beast 氏をアンバサダーに迎えると同時に、「Lowe’s Creator Network」を通じて 17,000 人以上のクリエイターに対し、DIY プロジェクトの資金を提供しています。単なる商品紹介ではなく、長尺動画でリノベーションの過程を見せることで、関連商品のクロスセルを狙っています。
楽天が融合させる、クリエイターエコノミーとリテールメディア
米国の先行事例は、日本の小売企業やブランド広告主にとっても、極めて重要な示唆を含んでいます。
日本においても 2026 年 2 月に、楽天グループ株式会社と Google が「YouTubeショッピング アフィリエイト プログラム」の国内初となるパートナーシップを締結しました。クリエイターエコノミーとリテールメディアが融合する、大きなマイルストーンとなります。
パートナーシップを締結したことで、楽天グループが取り組む「インフルエンサーが牽引するリテールメディア」を YouTube(オフサイト)にまで外部拡張します。本提携により、YouTube クリエイターは自身の動画(長尺動画、ショート動画、ライブ配信)内で楽天市場の商品を直接タグ付けして紹介することが可能となり、視聴者は普段から使い慣れた楽天市場の商品詳細ページにシームレスに遷移し、商品の購入・決済へ進むことができます。また、現在視聴が一般化しているコネクテッドテレビにおいても、QR コード経由で同様の体験が提供可能です。
日本市場における「三方よし」の実現
このように、Build(楽天ROOM:楽天市場のショッピング SNS)と Partner(YouTube)双方のアプローチでクリエイターの信頼や熱量をリテールメディアに統合する楽天のハイブリッド戦略は、先進的なモデルケースと言えます。まさにクリエイターを起点にユーザーの購買行動が起き、小売企業やブランド広告主にとっては事業機会になる三方よしを実現するものでもあります。日本においても、これまで以上にリテールメディアにおけるクリエイターエコノミー活用の重要性は高まっていくものと思われます。
日本の小売企業がクリエイターとの共創を加速させるためには、以下の 3 点が足がかりとなります。
- 「広告費」から「信頼への投資」へ転換:クリエイターとの共創を、単発のキャンペーン費用ではなく、ブランドへの信頼を高めるための投資として捉え直しましょう。
- 最適なクリエイター選定:自社の商材と相性の良いクリエイターと共創したコンテンツは、信頼を起点にマーケティング上の大きなインパクトを生みます。オーガニックな発信だけでなく、積極的に広告にも転用してリテールデータも掛け合わせることで、相乗効果が高まります。
- 「Build」と「Partner」のハイブリッド運用:自社でクリエイターエコシステムを構築する「Build」の視点と、YouTube のような外部プラットフォームを活用する「Partner」の視点を組み合わせたハイブリッドな戦略がリテールメディアの成長を加速させます。
NRF 2026 での小売企業の発言や米国での事例、日本での先進事例などを見ると、クリエイターエコノミーは、もはやリテールメディアの「オプション」ではなく基盤になりつつあることが読み取れます。リテールメディアの真の価値は、企業の持つ客観的な「データ」と、クリエイターが持つ主観的な「信頼」を統合したときに最大化します。それは、ブランド、ユーザー、そしてクリエイターの三方に利益をもたらし、生活者の日常をより豊かにする次世代のコマースの姿なのです。
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